9月21日(土)-22日(日)
春に、自分たちで田植えをした稲を刈り取る日がやってきました。
今回の稲刈りでは、ベトナム大使館からドアンさんご夫妻をお招きしました。 [右の写真、中央がドアンさんご夫妻]
ドアンさんは、1970年代のベトナム戦争の真っ只中、日本に留学許可された僅か3人の中の1人、すなわち、超エリートのようでした。(ちなみに留学先は東京外語大)
お二人は、この4月から日本に赴任されたそうです。ご主人は、とにかくこの30年間 日本とベトナムを忙しく度々のように行き来していたそうですが、奥さんにとっては、ベトナムから離れる事、それ自体初めてだったのだそうです。
「ず〜と苦労かけてたし、今回日本には、長く勤務する予定なので、妻に“恩返し”の意味もこめて一緒にきたんです。」と言う、ドアンさんの言葉に、、、、(少し、ウルウル)。
今回も、稲刈りは、ほとんど大使館の方がしてくれました。
ドアンさん達(手前は奥さん、後ろドアンさん)は、慣れた手つきで速い!
店主一家は、稲刈りは本当に初めて!(店主、稲背いは、させられました。が、稲刈りガマは初めてです。)
店主が、下の娘と稲を、悪戦苦闘の末、ようやく10束刈り取ると、すでに我々の担当区域の稲は ドアンさん夫妻によって刈り取られていました。
我が娘も刈る… |
刈る… |
運ぶ… |
運ぶ… |
奥さんは、本当に“いなかのやさしいおばさん”と言う感じでした。
我が家に、ライスペーパーで包んだベトナムの家庭料理とそのたれを持参してくれました。
ベトナムの言葉はもちろん、英語、日本語を流暢に話すドアンさんに対し、奥さんはベトナムの言葉(ドアンさんによると、奥様のことばは、ラオス語が混じってるとか、ただ、私には、どちらも全く聞き取れませんでした)しか話せませんでしたが、
「私は、この“米米”に彼女の通訳の為にきました。」と言う、ドアンさん、半分冗談のようでしたが2日間とも、常に寄り添っていました。
十日町で、着物ボランティアの方から、奥さんが着付けしていただいた時には、余程嬉しかったのか、写真を撮りまくっていました。(奥さんは、すこし恥ずかしそうでしたが、、、)
クロス10でのお別れパーテイーでは、ドアンさんは同じテーブルの人はもちろん、隣近所のテーブルの方々と名刺交換しておられました。(店主より日本人的!)
店主は、その隣でただただ、手酌で飲んだくれておりましたが、中には、ついでなのでしょうが、店主にまで名刺をくれる方もおられました。(市議会議員の方々、キリン××の方々、名刺は大切に保管しております。)